恩返しをお茶と共に。平野雅子さん
「錦江しごと図鑑」。
第1回目は、茶道教室を開いている平野雅子さんです。
お茶と共にあった今までの人生をお聞きしながら、導かれてきたのは「お茶と生き方」のお話でした。
お茶との出会い
「私は30代の頃に、このお茶に出会いました。当時南大隅町に住んでいたんですがそこでお茶の教室があって。ものすごく忙しく働いている時だったんですけど、主人の妹がお茶の講座に入っていて、お姉さんも入ってくれないかって声をかけてくれたんです。それまで縁もゆかりもなかったんですけど、先生のおうちも近かったもんですから始めてみました。」
「そしたらお茶の魅力に引き込まれてしまって。それからもうずっと、50年以上続けていますね。」
仕事で忙しい中、車で1時間以上かかるところまで先生を見つけに行ったり、九州各地のお茶の席に参加したりと、お茶の魅力にどっぷりはまってしまったとおっしゃる平野さん。
忙しい中でのお茶の時間が、自分を救ってくれたといいます。
「もうそれはそれは忙しなく働いていたんですね。働く中で、 ほんのひとときの、先生のお家でのお茶のお稽古が、ほっとするひと時。そういう(仕事みたいな)煩わしいものから逃れられるんです。」
「席入り(茶室に入ること)して、最初に掛け軸をみた時のあの感動というのでしょうか。そういうのの積み重ねで、いつの間にか抜けられないっていうか。やっぱり、そのお茶の世界に身を置いているということが、ほんのわずかな時間なんですけれど、心地いいって言うんですかね。」
「今ではお茶は生きがいだし、お茶をしていたから、自分を生かせる道があったっていうことに気がついたということもあって。」
最初に教わった先生は、生徒さんを外に連れ出さない方だったそうです。そんな先生に反対されながらも、新しい先生のもとで九州各地のお茶会に行って学び、時には夜中の2時に帰ってくることもあったといいます。
気付かぬうちに得られるもの
その後、ご主人が家を建てる時にお茶の部屋をつくってくれ、友人からお茶を習いたいと言われたこともあり、茶道教室を始めることになりました。
「いつも一緒に学んでいた先生がいるんですけど、その先生と2人で、とにかくお炭だけはしようと。自分たちが知らなかったから、生徒たちに教えておきたいというのがあったと思います。」
「やっぱりお茶は役に立つと思いますよ。人生80年生きてきて、 そう思います。振り返ればどん底の時にお稽古に行っても、先生が静かに受け入れて、見守っていただいて。そういう時を過ごしてきました。」
「お茶から得ているものは、いつの間にか積もった雪のようにね。見てみたらあったというような。特にこれっていうものではないんですが、その程度のものじゃないでしょうか。
今16年くらい通ってくださっている生徒さんが、『お稽古に来るのが楽しみ。』『(作法を)覚えるとかそういうところじゃないけど、来たらホッとするんだ。』って言ってくださって、なんとなく自分も嬉しいというか、 そんなささやかなものでやっぱり続けていけますよね。」
「縁があって今学んでくださる皆さんにも、やっぱり人生の中の何かの役に立つ時があるからと思って、楽しみ半分、使命感みたいなものも少しありますね。」
日々新たに、新しい世界を知る
「教室を開いて20年以上、皆さん続けてずっと来ていただくのにね、なんて言えばいいかな、その時その時で違った感覚でお稽古ができる。それがいいことだと思うんです。ずっとの馴れ合いじゃなくて。」
「やっぱり準備をするのも、掃除をするのも、苦痛と思えば苦痛だけど、楽しいと思ったら楽しいしね。外に出て、学んだことを少しでも真似をするとか。季節なら季節を少しでも、できる範囲内で皆さんに感じていただけたらとか。」
「おかげさまでお稽古も楽しくさせていただけるし。それが誰のためっていうより、自分のためなんでしょうね、結論を言えばね。」
平野さんは日々楽しく生きるために、新しい世界を知ること、見ることが大切だとおっしゃいます。
「(錦江町は)世界が狭いから、周りの人みんな知ってる。だから、そういう世界から出て、自分も新しい世界を見てみるっていうことは大切ですね。でも、(私のように)外に出れない人もいるわけだから。だから出るチャンスがあったら、他の世界を見ることですね。」
「主人からも、どこどこに行くなって一度も言われたことがなかったですね。人様と比べると、恵まれた人生を送ってきたわけで。でも、道に迷った時はそういう(世界が狭い)ことに気が付かないのね。」
忙しい中でも時間をつくって、自分の人生を生きるためにいろんなところに行ったという平野さん。恵まれていた環境だからこそ恩返しがしたいと、町の文化祭では無料でお茶を振る舞うなど、お茶を広める活動もされています。
「色々なことがあって、色々な面で多くの皆さんに助けられて、こうして今自分がここにいるわけですから。 そしたら今自分ができること、その程度のことですけどね。おかげさまでたくさんの人が(抹茶の振る舞いに)来ていただいて、本当にありがたいって思います。」
「場に身を置いて、その時を楽しむ。ゆったりとね。そういう時は、やっぱり、この慌ただしい世の中では必要ですよね。」
ふと自分に立ち返って周りを見れば、人工物がなく、そこには自然がある。
一人になりたいときに、誰もいないところにふらっと行くこともできる。
スマホから情報を遮断すれば、雄大な自然からまざまざとこの世界の広さを見せつけられる。。
「こんな立派なものがあるっていうことは言えないけどね。錦江町で生活して言えることは、心の安らぎを求められる場所だと思うの。お役に立つかどうかわかりませんけど。」
*編集後記*
お茶と町の人たちへ、平野さんの生き方を通して恩返しをされているのだと思いながらお話を伺っていました。
茶道から受け取ってきたものを、慎ましく静かに、できる範囲で淡々と未来に繋ごうとされている姿勢は、茶道の在り方そのもののように感じます。
効率やわかりやすさが求められている世の中で、茶道のように役に立つかどうかがわかりづらいものこそ、心の安らぎを与えてくれるものなのだろうと思いました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
取材・執筆
NPO法人たがやす 馬場みなみ