【錦江町しごと図鑑】柔軟にコツコツと。 有川宏人さん
錦江町しごと図鑑15人目は、有川宏人さんです。90年続く錦江町唯一の印刷所「有川印刷」でまちの広告や事務用品などの印刷や*DTPを手がけていらっしゃいます。
錦江町で唯一根ざす印刷所、『有川印刷』
「昔、錦江町には印刷屋が3軒あったんですよ。僕が子どもの頃まで大根占印刷、逆瀬川印刷、うちの印刷所だったんですけど、2件は残ってない。逆瀬川さんからは事業をやめられるときに活字をもらったらしいです。昔はパソコンがなくて、タイプライターですら珍しい時期があったわけだから、 印刷所は需要があったんでしょう。うちは90年くらいで、僕で4代目になるのかな」
有川さんの記憶には錦江町の印刷業の姿が刻まれていました。有川印刷には通算90年のまちの歴史と、印刷の技術が伝えられていることになります。活版を主に扱っていた当時の印刷業の賑わいは、デジタル機器の登場によって失われてしまいました。現在も紙まわりの印刷は確実に減りつつあります。
有川さんは進学で町を離れた時期もありましたが、進学先のクラブでフリーペーパーの制作に取り組んだりと、やはり紙まわりの仕事に興味があったそうです。地元に腰を据えた頃、家業の歴史ある印刷所を継ぐことに決めたのでした。
「錦江町は就職先が多いところではないので。父に『働かせてください』って言ったら『やっていけるんじゃない』と。当初はふわふわだったよ。何をやればいいかもわからんわけで。当時、父も60でパソコンを覚えてwindows98で仕事を始めたから。でもパソコンは僕の方がずっとできるから、やっていくうちにだんだん役割分担ができて、父はアナログで活版をする、僕はデジタルでDTPにっていう感じですね」
錦江町でも多様化する印刷を柔軟に支える
DTP作業、Tシャツの外注、デザイン。もはや紙に文字を刷るだけではないのが昨今の印刷業です。裏方の仕事が多く、期日に追われる業務ながらも、制作したものが人の目にふれ、反響をもらえる機会が増えた産業でもあります。その一方であらゆる業界のデジタル化に直面し、右肩下がりと言われている出版・印刷業です。
「出版・印刷業ってやっぱり転びつつあるよね。インボイス制度とか紙の価格上昇とか、厳しい状況にあるけど、業界全体としてはずっと発展し続けるとこなんで。あらゆることで困らない。なんぼ幅広くても、結局パソコンができれば。Illustrator、Photoshop、 InDesign、もっと言えば、Word、Excel、PowerPointができれば、どこにでもたどり着ける。その手段が豊富になってるからいい。あとは営業を勉強すれば、必ず何かしら方法があるから。そういう意味で面白いって感じてるかな」
工夫次第で田舎の印刷所もその波を乗りこなせると語る有川さん。幅広いニーズに応えられるようDTPを中心に印刷の仕事を続けたいと答えてくださいました。
「昔みたいに紙に刷って切り上げて仕上げるというのでは、ちょっとやってけない。 ニーズに応えながらですね。ハンコ屋さんがすぐ近所にあったんだけど、もう今はない。だから、 判子もつくるし。60歳まで仕事をやるとして、この3年はハードウェアよりソフトウェアの方を強化していかないと。問題を乗り越えるための準備をしていく期間だと思ってます。でも、ペーパーレスになっても、紙にこだわらなければ何かしら需要がある。なんとかなりそうな気がする仕事です」
有川さんはデジタルとアナログの二刀流で錦江町の印刷を支えてられています。商工会の“のぼり”の受注や商店の紙伝票の裁断、隣町の漁業組合の紙札の制作、フリーペーパーの入稿作業など、その仕事はかなり多岐に渡りますが、有川さんの「紙にこだわらなくても文字が刷れれば需要があることが印刷業の魅力」という言葉には膝を打ちたくなります。
多様化する印刷業の荒波は目に見えないことも多い印象ですが、有川さんはコツコツと柔軟に乗り越えて、錦江町の印刷業を支えてゆくのでしょう。
印刷の魅力は、目に見えないものが形になること
有川さんが印刷業の手伝いを始めた頃、商店街の皆さんとともにフリーペーパーを作っていた時代があったそうです。
「あるお客さんの提案で、フリーペーパーをつくってた時代があって、毎月16件分のB4チラシを出してたんです。そのとき、製版はすごく楽しかった。原稿集めは超辛かったけど、みんなで書いてもらうみたいな。そのときのご縁がまだ続いてる。提案してくれたお客さんの発案で、根占の方も入るようになって、月に32件ずつぐらいしてたことがありました。それが修行時代だったかな」
印刷・出版業の仕事はコツコツと、寡黙に技術を重ねてゆくその有り様はまさに職人です。
「好きな作業は持ち込み画像のアウトラインを取る作業です。無心で取り組める。単純作業が好きなのかも」
たくさんの情報をまとめる作業は、地道で気が遠くなることも少なくありません。でも、完成した際の達成感や制作に携わった方々との繋がりには何にも変え難いものがあります。人の手でつながりや日々の努力といった目に見えないものを形にしてゆくという、かけがえのない楽しみを教えてくれるのもまた、印刷なのです。
*編集後記*
有川さんのインタビューを通して、錦江町の歴史とこれから、そして地域とのつながりをお聞きできたこと、心から貴重だなと思います。
筆者は地域おこし協力隊時代、有川さんに大変お世話になりました。冊子編集ソフトの基本的な使い方から入稿方法、紙の種類など、本当に幅広く知恵をお貸しくださったおかげで当時の仕事があり、今の自分があります。だからこそ、有川さんの「印刷でわからないことは全部聞いてください。できることがあるかもしれない」との言葉には確固たる安心感と頼もしさを感じずにはいられません。
錦江町に根ざす唯一の歴史を受け継ぐ印刷所、『有川印刷』がいつまでも地元の方々から愛されますように。